ランナーデビューは小学生の時

秋雨前線・台風18号の影響で今週は雨模様が続きそうですね。
土曜日には武蔵野市の市民体育祭で1500m・5000mの2種目に
エントリーしているのでほとんど練習ができないのかと
心配です。
(まだ競技のタイムテーブルが分かりません、信じられん・・・)

さて、いすみ健康マラソンのレース模様を簡単に
振り返ってみます。


スタート直後にゲストランナーである吉田香織選手ら6人ほどが
飛び出しトップ集団を形成、その後ろに縦長にランナーが列を
なしました。
(吉田香織選手はバネのある切れ味鋭い走りをしていました。
 総合で2位に入った走力には脱帽です)


私はだいたい15番目くらいの位置でした。走り始めてすぐに
両足ふくらはぎのハリを感じたので、スピードをあげることは
しませんでした。

1kmを通過すると10番くらいの位置にいました。
先頭集団はまだ見える位置(70mくらいかな)でした。

これだけのランナー(約2500名)がいれば必ず同じような
ペースで走る人はいるわけで、今回もある一人のランナーと
ずっと並走していました。

10km過ぎの折り返しを過ぎた先頭ランナーからは300m以上
離されていたのかな。
それでも先頭集団から脱落する選手も2〜3名いて、彼らを
目標に並走ランナーと共に前を追いました。

でも、なかなか差は縮まらず、かえって広がりはじめました。
14km過ぎに「そろそろ前を追わないと」と思いへ並走ランナーを
振り切ってペースアップを図りました。
(ラップを見るとタイムは上がっていませんでしたが(汗 )

途中、ゼッケンが落ちるという初のアクシデントがありましたが
ゼッケンを手に持ってラストスパートもしっかりできました。

前回のレースから中一週間での強行出場でしたが
それなりの走りは出来ました。

次なるターゲットは11月15日に開催される
「第12回 四街道ガス灯ロードレース大会」の10kmです。
この大会ではタイム・順位ともに狙っていきますよ!


DSC04484.JPG DSC04489.JPG

瀬古利彦さんと増田明美さんとの夫婦漫才(?)の様子を
書こうと思ったんですが、文章にするとつまらないので
やめます。

「ハーフマラソンを走る人はハフハフしないように!」なんて
つまらないでしょ?

瀬古利彦さんを見て思い出したんですが、私が初めて
マラソン大会に出場したのは小学生時代に遡ります。
当時はサーカーをしていたんですが、ひょんな事から
瀬古利彦さんが所属していたS&B食品社主催の
「ちびっこ健康マラソン」に仲間3人と一緒に出場しました。
確か3kmだったかな。

1984年に始まった「ちびっこ健康マラソン」は今でも
続いています。

その時のタイムは忘れてしまったけど、引率してくれた
母親が瀬古さんについて何か言っていたのは覚えています。


増田明美さんは’女版瀬古’と呼ばれていたそうですね。
生まれ育った町’いすみ市’でマラソン大会を実施するなんて
凄いですよね!
給水所で紙コップを手渡したり、ゴールで出迎えたりと
テレビ解説で決して選手をけなさない増田さんらしく、ランナー
の為にあちこち駆け回っていたのが印象的でした。

給水所にいるボランティアの指導などもしていましたね(笑)

まだ出来たての大会ですが本当にあったかい大会でした。
帰りの駅のホームでは地元のボランティアの方が列車が来る前に
大きな声で、
「ランナーの皆様お疲れ様でした。来年もまた来て下さいね!」
と叫んでいました。

第2回目で4000人以上のランナーを集めた
「いすみ健康マラソン」
来年は更に参加者が増えそうですね。


posted by ランナーKAZU at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストイックになる必要はない

こんばんは。

冬も終盤を迎えていますが、ココに来て悪天候が
続いていますね。
今日(2月27日)は今年一番の寒さを記録し、お昼頃から
雪が降りました。

今週はずっと天候が悪く、私も2日しか自転車通勤が
出来ませんでした。

今週末は一時的に天気が回復するようですが、来週は再び
曇りや雪マークばかりでお日様のマークが見られない予想が
されています。

そろそろシーズンに向けてスピード練習を始めたいんだけどなぁ・・・



ランナーと言うと食事にも日常生活にも
気を使うほどストイックなイメージを持たれている方も
いるかもしれません。

実業団に限らず、市民ランナーの中にも生活を摂生して
アスリートライフを送っている方もいます。
でも、そんな生活が逆にストレスになることもあります。

狙ったレース前の○ヶ月はお酒を断つとか、食事に脂っこい物は
食べないとか、時にそれは周囲に悪影響を及ぼす恐れが
あります。
独身で1人暮らしなら自由にどうぞですけどね(笑)


私もわりとその傾向にありました。特に実家暮らしの時は
レース前の食事には特に気を使っていました。


でも、ある日のレースの前日、飲んでしまったんですね。
おまけに翌日に寝坊をしてしまい、いつもなら大会会場に
レースの2時間前には着いているのに、この日はエントリー
ギリギリに到着しました。」

エントリーを済ませるとスタート時刻まで30分ほどしか
ありませんでした。
ウォーミングアップを長時間取る習慣があった私にとって
「今回のレースは捨てだな。」と号砲が鳴る前から
諦めの気持ちでした。


この日のレースは10kmでコースもアップダウンが激しい
コースでした。
にも関わらず、開き直ったのが幸いしたのか、この日、
私は自己最高である32分01秒で3位に入賞しました。
自分でも不思議でした。
しっかりと準備したレースでは失敗があるのに、最悪の
コンディションで迎えたレースに自己最高を記録したんですから。


もしかすると、ストイックに自分を追い込むことはレース日に
とってはマイナスかもしれません。
練習で極限まで追い込み、それなりの自信がつけば
多少のアクシデント!?があっても、実力は発揮でくるもの
なんですね。

それ以来、私はストイックな生活を送るよりもストレスの
少ない生活を送るようにしています。


※私の体験談ですので、全ての人に当てはまるわけではありません。
posted by ランナーKAZU at 22:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インターバルって何?(その1)

こんばんは。
今日から8月突入ですね。

あなたの調子はどうですか?
世間では連続20日以上の真夏日を記録しているようですが、
私は今年の夏はそんなに厳しいとは感じません。

むしろ、毎日、風が吹いて過ごしやすい夏だと思います。
日本人はまるで温室のビニールハウスの中で育てられたように
免疫力が低下しているのではないでしょか?


さて、今回も回想です。
興味のない方はスルーして下さい。

私が高校入学と同時に入部した陸上部
陸上専用のシューズ、そして専用のスパイクがあることすら
知らなかった人間の、高校時代の陸上部生活をご覧下さい。
(興味がない人はスルーしてね)

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posted by ランナーKAZU at 21:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱根駅伝そして渡辺康幸というランナー

こんばんは。
今日は暦の上で”大暑”です。
その字の様に東京では11日連続の真夏日でした。

じっとしていても汗が噴き出しますね。
ちょっとランニングでもしようならTシャツは
ビショビショになってしまいます。

汗をかけば当然、喉が渇くわけですが、
私はトレーニング後にすぐ帰宅できるようなら
温めのシャワーを浴びてから水分補給をするようにしています。

それは飲み過ぎないようにするためですが、
意外とシャワーを浴びると皮膚から水分を吸収しているのか
そんなに水分補給は必要ありません。

水を飲みすぎると食事に影響してしまうので
私はそうしていますが、これは人それぞれだと思います。

〜〜〜〜回想〜〜〜〜〜〜

中学時代に私にとっての運命の出会いがありました。
それが箱根駅伝です。
もしかしたら小学生の時もテレビで見かけた
かもしれませんが、あんな長い中継は好きではないと
見ませんよね?

でも中学2年生の時だったかな?1人のランナーを
食い入るように見入っていました。

渡辺康幸、当時、早稲田大学だった渡辺康幸さんの
走りに魅了されました。
ゴボウ抜きという言葉がピッタリ、まるで違う世界を
走っているような渡辺選手の走りでした。


そして当時のライバルが山梨学院大学の
ステファン=マヤカです。
あの頃は早稲田と山梨の光っている時代でしたね。

この時、はっきりと決心した事を覚えています。
高校生になったら陸上部に入るんだ、と。
以前の記事(中学では野球部でした(回想))でも書きましたが、
私はそのとき野球部に所属していました。

でも、団体スポーツが嫌になっていました。
当時の私の学校の野球部は実力よりもいかに
キャプテンに気に入られるかで
レギュラーが決まるような部活でした。


それに嫌気が差していました。
実力の世界に飛び込みたいと思っていました。

箱根駅伝を見ているとペースの目安が1km=3分だと
分かりました。
当時、長距離専用のシューズ、トラック用のスパイクが
あることすら知らなかった私は甘ちゃんでした。

3kmくらいなら渡辺康幸さんに付いて行けるだろうなぁ、と
思っていましたから(笑)
(※高校で陸上部に入るとこれはとんでもない
勘違いだと知る事になりましたが)


とにかく箱根駅伝を走ってみたい、そんな小さな
夢が芽生えはじめました。




posted by ランナーKAZU at 20:34 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初めての1500m走

こんにちは。
7月も中旬、関東地方は梅雨明けしたような
真夏日が続いています。

初心者ランナーの方は出来るだけ30度を越えたら
トレーニングは行わない方が良いと思います。

さて、私の通っていた中学では運動会が
5月の下旬にありました。
(運動会や体育祭って梅雨入り前か体育の日で
分かれるようですね)

入学するとすぐに体力測定を行い、その時
初めて1500m走を走りました。


一周200mの校庭を7周半、小学生の時に散々
サッカーで走らされ、また、遊びの中でもランニングを
行っていたので結構自信はありました。

違うのは緊張感くらいですかね、あの「ヨォーイ」の
瞬間はいつ聞いても鼓動が高まります。



ペースなんて意識したことなんてありませんでしたので
「とりあえず先頭の人の後ろに付くか」なんて
思ってスタートしましたが、気が付くと私が先頭を
走っていました。
タイムなんて覚えていませんが、クラスで一番のタイムでした。

当然、体育祭での1500m走(男女各1名)の代表に選ばれ
クラスではなく学年のナンバーワンを決めるレース(こう
書くと大げさに見えますが)に出場する事になりました。


結果はブービー(だったと思う)賞で惨敗でした。
ハイペースに付いていって自滅、と今に思えば実力差が
あまりにもあったんです。
それに私のクラスは長距離のレベルが低くて、このクラスで
トップをとってもその他のクラスにはもっと早いランナーが
沢山いました。(特にサッカー部)

トップは4分台でしたからね。

これが私の1500m走のほろ苦いデビューでした。
タグ:1500m走
posted by ランナーKAZU at 12:09 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中学では野球部でした(回想)

こんばんは。

小学生の時のサッカーが私のランニング人生の
基礎となっている事は以前の記事で紹介しました。

でも、もちろんこの時は自分がランニングの世界に
没頭するとは思っていませんでした。


さて、これは中学生の時のお話です。

小学生にとって中学生って凄い大人に見えますよね?
学生服を着ているし、部活なんてものもある。
小学6年生の時には「中学になると上下関係が厳しくなる」
なんて事がよく聞かれました。


中学生での部活動はもう決めていました。
陸上部ではないですよ(私の中学は陸上部がなかった)、
もう少しサッカーを続けたい気持ちも若干ありましたが、
中学になったら”野球部”に入ると決めていました。

これは兄の影響です。
小さい頃からよく兄とキャッチボールをしていて
小学生の時もソフトボールをやっていました。

一年生の頃は本当に上下関係が厳しかった。
暴力はありませんでしたが、シゴキはしっかりとありました。
走るのは問題なかったのですが筋トレがきつかったことを
覚えています。

練習も毎日ありますしね。
ドロドロに毎日汚れて帰ってくるので親も大変だったと
思います。


3年間、部活を続けていて分かったのが
私は団体競技には向かないな、と言う事でした。

どうも、試合に負けてしまうと責任が分散してしまう。
そしてレギュラーになるにも色んな確執があったので
人間関係が嫌になってしまいました。

その点、個人競技は結果を全て自分が背負わなければ
なりません。
言い訳は通用しませんが、結果が出ればその喜びは
独り占めです。(実際は駅伝はチーム競技ですけどね)


だから、高校生になったら絶対に陸上部に入部する、
と決めていました。
そしてこの中学時代にある1人のランナーの走りを
見た事も”陸上(長距離)をやりたい”キッカケでもあります。


その話はまた次回に!
posted by ランナーKAZU at 20:55 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初心忘るべからず(回想)

おはようございます。
私がこのブログを開設してから気づけば
あっという間に1年が経過していました。

今思い返してみると、当初
ランナーによるランナーの為のブログ」は
ランニングの素晴らしさを伝えるために開設しました。


私とランニングとの出会いは小学生の頃に遡ります。

当時、私はサッカークラブに所属する元気な少年でした。
小学4年生の終わりから始めたサッカーに夢中だった
少年時代。

それまでの運動神経は良いほうだったと思います。
だからと言ってリレーの選手に選ばれるような
特別速かったわけではありませんが。
サッカークラブに入ってからは
よく走らされました。

ちょうど、学校の隣に通称”若葉の坂”と呼ばれる
結構急な坂があったんです。
練習のゲームに負けては走らされ、
ちょっとふざけては罰として走らされ(笑)
あの時に”走る基礎”は出来たんだと今になって思います。


ちょうど同じ頃、学年で面白い企画がスタートしました。
それは生徒の運動不足を危惧しての先生達の
戦略だったのか?分かりませんがこんなゲームです。

大きな紙に地図のような道があって、道が升目に
なっているわけです。そして150m走るごとに一マス
升目を塗りつぶしすことが出来るのです。


私の周りにはサッカーの友達だけでなく、運動大好きな
友達が沢山いました(子供は遊ぶのが大好きですよね)
そして放課後に10人くらいの集団(小学生ですよ)で
目的もなく走り出すわけです。

傍かた見たらおかしな小学生の集団だったと思います。
一枚の紙を埋めるのに何km走れば良かったのかは
分かりませんが、とにかく夢中になって升目を埋めるために
毎日のように走っていました。

1人だったら続かなかったと思います。
友達がいたからこそ楽しく続ける事が出来たんです。
posted by ランナーKAZU at 08:37 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

継続は力なり(開花)

友の退部、先輩の引退で私は練習に
行かなくなりました。

というのも練習パートナーがいなかったのです。
私も2年生になり後輩が入ってきましたが私の練習に
付いてこれなかったのです。
と言っても私のタイムは大したものではありませんが・・・

だったら、自宅練習した方が
何かと便利(帰宅後すぐにお風呂に入れるとか)

今になって思えば、実に身勝手な陸上部員でした。

でも、「走ること」は大好きでしたので
自主練はかなりこなしました。

そして、大きな転機が訪れます。

夏の記録会に出場した私は
何と1500メートルを4分26秒で走ったのです。

1500メートルを走る上でのひとつの目安が
4分30秒(これは1キロ3分のペースです。)

一気に大成した瞬間です。

それから1ヶ月後の公式大会
予選:4分21秒
決勝:4分16秒(都大会出場決定!)

僅かな期間で私の記録は文字通り
飛躍的に向上しました。

そして、この大会でWエントリーしていた
5000メートルでも16分20秒?で
こちらも都大会出場を決めました。

’努力に勝る才能なし!’と
実感しました。

その後の私は心を入れ替えて
後輩の指導をしながら陸上ライフを過ごしました。


この日記を読んでいる皆さんに伝えたい事

それは続けていれば結果は必ず出る、と言う事です。
今、なかなか結果が出ずに悩んでいる人は
色々試してみてください。

本に書いてあるトレーニングマニュアルに頼っていては
受身の練習です。

それよりも、自分自身と語り合いながら
トレーニングを進めてください。

マニュアルは参考程度で構いません。

是非、ランニングライフを楽しんで下さい。


タグ:継続
posted by ランナーKAZU at 23:02 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

継続は力なり(努力に勝る才能なし)

私の初めての1500メートルの結果は
4分45秒でした。
大した記録ではありませんね。

でも、当時は初めて5分を切り嬉しかった事を
覚えています。

それから私は陸上の魅力の虜になりました。
多くの人が嫌がる’インターバル・トレーニング’も
私は大好きで週3回はインターバルをやっていました。

練習だけでは飽き足らず、帰宅後や夏休みなどの長期休みには
早朝練習もしていました。

にも関わらずそれから1年後のレース
私の記録は4分42秒でした。

この時はさすがにショックでした。
一年間の練習で自身もありましたし、決して
体調が悪かったわけでもない。
それなのにこの結果

急激に陸上競技への意欲がなくなりました。

そして、ライバルとして一緒に頑張ってきた同期の
彼が受験勉強を理由に退部し、憧れの先輩も
最期の大会を終え引退しました。

私も次第に練習に出なくなりました。

そんな私が・・・





タグ:努力 継続
posted by ランナーKAZU at 00:03 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

継続は力なり(陸上との出会い)

私が陸上競技を始めたのは
高校の部活からでした。

小学校でサッカー、中学で野球、そして
毎日のように外で遊んでいたのでそれなりに
体力の自信はありました。

陸上部に入って最初に驚いた事は
陸上専用に靴(スパイク)があることでした。
そして、ランパン(ランニングパンツ)の
その短さに一抹の恥ずかしさを覚えました。

それまで’走る’と言えばただ走ることが
当たり前だったのに、様々な練習法があることを
知りました。

初めての’インターバルトレーニング’

先輩からはただ
「俺の前を走れ」
と言われました。

1本目から全力で突っ走ってゴール後に歩いていると
「歩くな!ジョグをしろ!!」との掛け声。

そして、100メートルほどのジョグを終えると
すぐに2本目

インターバルのトレーニングを初めて知った
日になりました。

だけど、私の入った陸上部というのは
弱小で、人数も少なかったのです。

ただ、私には憧れの先輩とライバルとなる
同僚がいたので楽しく部活ライフを送っていました。

この時は全く気付いていませんでしたが
私は「井戸の中の蛙」だったのです。

そうそう、その憧れの先輩は圧倒的に強く
都大会の常連でした。
練習をすれば100メートルも付いて行けないような
人で、正に別格!

そんな先輩がいたからこそ
私の陸上ライフが始まったのです。
posted by ランナーKAZU at 14:27 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ランニングとの出会い

私とランニングの出会いは高校生のときです。
小学生でサッカー、中学生では野球をやっていましたので
スポーツは大好きな少年でした。
ただ、野球部のときに大きな挫折を味わい、
団体競技が嫌いになってしまったんですね。

全ての責任を自分が負う、言ってみれば
負けた原因は全て自分、そして勝敗が最も分かりやすい
陸上を高校になったらやる、と決意していました。

もう一つ、毎年恒例の箱根駅伝の影響も強かったです。
当時は早稲田の’渡辺康幸’と山梨の’ステファン・マヤカ’が
活躍していた頃でした。
ゴボウ抜きを繰り広げる渡辺選手に憧れていました。

そして、いざ高校の陸上部に入部
当時は陸上専門の靴があることも知らず、先輩との
初めてのインターバルで完全ノックアウトされました(笑)

ただ、私は根っから走ることが好きだったようで
みんなが嫌がるインターバルが一番好きなトレーニングで
週に3回はやっていましたね。

1年生の頃は1500メートルを専門に行っていましたが
記録はなかなか伸びませんでした、本番に弱かったのかな??
2年生で最初の大会の時の記録がベストより数秒よかっただけで
「この1年間何をやっていたんだろう?」と真剣に落ち込みました。

それが夏頃から急激に記録が伸び始め、大会に出るたびに
自己ベストを更新していき、地区大会で上位入賞するようになりました。

おまけに初めて出場した5000メートルでも好記録を出し、
2種目で都大会に出場できることになりました。

この時思いました。’努力は決して裏切らない’と
そして重要なのは’継続すること’

今は当時ほど練習に打ち込めてはいませんが
走ることが好きだという気持ちは全く変わっていません

このページで皆さんのランニングライフのお役に
少しでも立てれば、これほど嬉しいことはありません


posted by ランナーKAZU at 10:16 | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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